この記事の要点
- 利益800万円は一律の分岐点ではない。税金・社会保険料・維持費を同じ条件で比べる
- 賃借・自己所有、自社管理・外注で利益構造は変わる。返済・納税後の手残りまで確認する
- 2027・2028年分の3割特例は対象となる個人事業者限定。法人には適用されない
- 次の物件を取得する前に、購入名義と借入名義を含めて法人化を検討する
「民泊の利益が増えてきた。そろそろ法人にした方がよいのだろうか」。この判断は、利益の金額だけでは決まりません。税金と社会保険料に加え、物件の持ち方、管理の方法、次の投資まで含めて考える必要があります。
私自身、宿泊事業は1棟目から法人で運営しています。ただし、その経験から全員に早い法人化を勧めるわけではありません。大切なのは、今の事業と今後の計画に合った形を選ぶことです。
1.「利益800万円」で自動的に決めない
法人化の目安として「利益800万円」という数字を見かけます。しかし、一律に決まった分岐点ではありません。同じ民泊の利益でも、本業の給与、家族構成、役員報酬の設定によって、法人化後の負担は変わります。
中小法人には、一定の要件の下で年800万円以下の所得に法人税の軽減税率が適用されます。ただし、これは国税の法人税の話です。地方税も加わるため、個人の所得税率と法人税率だけを並べても、手残りは比較できません。
まずは個人を続けた場合と法人にした場合で、税金・社会保険料・維持費を同じ条件で試算します。繁忙期の好調な数字だけでなく、稼働率や宿泊単価が下がった場合も見ておきたいところです。
2.賃借か自己所有かで、同じ利益でも手残りは違う
民泊は、他人から借りた物件を運営する場合と、自分で所有する物件を運営する場合で、利益の構造が大きく変わります。
賃借物件では、毎月の家賃が大きな固定費になります。売上が落ちても家賃は発生するため、損益分岐点と、閑散期を乗り切る資金の確認が欠かせません。
自己所有物件では、家賃の代わりに借入返済、固定資産税、修繕などの負担を考えます。ここで重要なのが、借入金の元本返済は経費にならず、減価償却費はその年の現金支出を伴わないという違いです。
そのため、帳簿上は利益が出ていても、返済後にはお金があまり残らないことがあります。反対に、減価償却費によって利益が小さく見えても、現金は残っている場合があります。
法人化を考えるときは、利益だけでなく、返済・納税・設備更新後に残る現金を見てください。所有物件だから必ず有利なのでも、家賃がないから低コストなのでもありません。
3.自社管理と外注化は、消費税も含めて比べる
清掃や予約対応を自社で行うか、外部へ委託するかでも収支は変わります。自社管理は外注費を抑えられる一方、従業員を雇えば給与や社会保険料がかかり、自分で対応する場合も時間を使います。
消費税の課税事業者になると、この費用構成の違いが納税額にも影響します。一般課税では、売上に係る消費税から、仕入れや経費に係る控除対象の消費税を差し引いて計算します。
給与は仕入税額控除の対象になりません。一方、清掃などの外注費は課税仕入れに当たり、インボイスなどの要件を満たせば控除できます。同じ売上・同程度の支出で比べると、給与の割合が高い運営は、消費税の納税額が大きくなりやすいのです。
ただし、簡易課税や2割・3割特例では、実際の経費に含まれる消費税を積み上げて税額を計算しません。この違いを区別せず、「外注にすれば消費税が安くなる」と判断するのは早計です。
外注化するかは、委託料、採用・教育の負担、品質、自分の時間まで含めて決めます。税額だけを減らしても、最終的な手残りが減れば、経営上のメリットはありません。
4.法人化のメリットと、増える負担をセットで見る
法人から自分に役員報酬を支払うと、会社の利益と個人の給与所得に分かれ、給与所得控除も使えます。ただし、報酬を増やせば個人の税金や社会保険料も変わります。会社の利益を小さくすれば、それだけで得になるわけではありません。
役員給与を会社の損金にするには、毎月同額を支給する定期同額給与などの要件があります。利益に合わせて自由に増減できるものではないため、生活費と会社に残す資金を先に設計します。
法人では、加入対象者がいれば、代表者1人でも健康保険・厚生年金の加入が必要です。比較では会社負担と本人負担の両方を数え、個人を続ける場合の国民健康保険・国民年金なども落とさないようにします。
さらに、赤字でも原則として法人住民税の均等割がかかり、決算申告や社会保険手続きの費用・手間も増えます。会社のお金を個人の生活費として自由に使えなくなる点も、法人化前に理解しておきたいところです。
5.2027・2028年の「3割特例」は法人には使えない
消費税を理由に法人化を考える方は、令和8年度税制改正にも注意が必要です。
インボイス登録によって免税事業者から課税事業者となり、所定の要件を満たす個人事業者は、2027年分・2028年分に「3割特例」を使えます。納付税額を売上に係る消費税額の3割とする制度で、法人は対象外です。
個人で特例を使う場合と、法人で一般課税・簡易課税を使う場合では、負担が変わります。物件購入や改装を予定しているなら、支出の時期も含めて比較する必要があります。
また、資本金1,000万円未満で設立しても、必ず消費税が免除されるわけではありません。インボイス登録、特定期間の売上高等、特定新規設立法人の要件などによって課税される場合があります。「法人を作れば2年間免税」という前提だけで進めないことが大切です。
6.次の物件を取得する前が、検討のよいタイミング
私が1棟目から法人で始めたのは、その後の物件取得や融資も見据えていたからです。ただし、法人を作るだけで融資に有利になるわけではありません。金融機関は収益、返済余力、自己資金、物件の内容などを見ます。個人でも事業実績は積み上がります。
次の物件を買う予定があるなら、購入名義と借入名義を決める前に比較しましょう。個人で取得してから法人へ売ると、譲渡益への課税や、法人側の不動産取得税・登録免許税などを検討する必要があり、移転費用が生じます。
所有は個人のまま法人に貸す方法や、運営を委託する方法もあります。ただし、契約や料金設定に実態が必要です。借入条件、賃貸借契約、営業許可・届出の扱いも確認します。住宅ローンがある場合は、用途変更や法人への移転を自己判断せず、金融機関に事前相談してください。
法人化は「いくら節税できるか」と「何に使う資金が残るか」で考える
検討の際は、直近の申告書、物件ごとの売上・経費、借入返済予定、今後の取得計画をそろえると話が具体的になります。そこから個人と法人の負担を比べ、生活費と次の投資資金をどこに残すかを考えます。
当事務所では、宿泊施設を運営する立場も踏まえ、法人化の税額比較だけでなく、物件の持ち方や管理方法を含めて検討します。「今の利益なら法人化すべきか」「次の物件をどちらの名義で買うか」で迷っている方は、お問い合わせフォームからご相談ください。
参考資料
税制・社会保険の記述は2026年11月7日時点の以下の公表資料を確認しています。
- 国税庁:法人税の税率、役員に対する給与
- 国税庁:令和8年度税制改正特集(3割特例)
- 国税庁:仕入税額控除の対象となるもの、基準期間がない法人の納税義務の免除の特例
- 日本年金機構:適用事業所と被保険者
- 東京都主税局:法人事業税・法人都民税
よくある質問
Q. 利益が800万円を超えたら法人化すべきですか。
一律には決まりません。他の所得、役員報酬、社会保険料、維持費、借入返済、今後の投資計画を含め、個人と法人の手残りを比べて判断します。
Q. 自社管理では消費税の負担が重くなりますか。
一般課税では給与が仕入税額控除の対象にならないため、同じ売上・同程度の支出でも給与の割合が高いと納税額が大きくなりやすくなります。簡易課税や2割・3割特例では計算方法が異なります。
Q. 法人化した後も3割特例を使えますか。
使えません。3割特例は、インボイス登録によって免税事業者から課税事業者となった個人事業者が、所定の要件の下で2027年分・2028年分に使える制度です。
本記事は公開日時点の法令・公表資料に基づく一般的な情報提供です。個別の税務判断は物件の権利関係・許可形態・他の所得との関係により異なりますので、具体的な適用にあたっては専門家にご相談ください。