この記事の要点
- 不動産の法人化の目的は、個人に集中した所得を会社と家族に分けること
- 会社への移し方は管理委託・サブリース・建物所有の3つで、効果も手間も大きく違う
- オーナー本人が役員報酬を多く受け取ると、分けたはずの所得が本人に戻ってしまう
- 会社の株式をオーナー本人が持つと、会社に貯まった利益が将来の相続財産になる
- 管理料・転貸の差額・家族への給与は、実際の業務に見合う水準でなければ認められない
「不動産の所得が増えてきたので、法人を作れば税金が下がると聞いた」。賃貸物件を持つ個人オーナーの方から、よくいただくご相談です。不動産の法人化は、うまく設計すれば税負担を大きく抑えられる一方で、会社を作っただけで効果がほとんど出ていないケースも少なくありません。
この記事では、不動産の法人化で所得を分ける3つの方式と、実務でよく見る「やってはいけない形」を整理します。
法人化の目的は「所得を分けること」
個人の所得税は、所得が増えるほど税率が上がる累進課税です。住民税と合わせると、課税所得が900万円を超える部分の税率は43%、1,800万円を超える部分は50%になります(いずれも復興特別所得税を除く)。一方、中小法人の法人税等の税率は、所得800万円以下の部分でおおむね25%前後、それを超える部分でも30%台半ばで、所得が増えてもほぼ一定です(所在地や会社の規模で異なる概算です)。
不動産の法人化は、この税率の差を使って、個人一人に集中している所得を「会社」と「家族」に分ける仕組みです。会社から家族に役員報酬を支払えば、受け取った人には給与所得控除が使えるため、所得をさらに分散できます。
逆に言えば、所得が分かれていない法人化には、ほとんど意味がありません。後で触れる失敗の多くは、この点を見落としたものです。
所得を会社に移す3つの方式
個人の物件から生まれる所得を会社に移す方法は、大きく3つあります。
| 方式 | 仕組み | 会社に移る所得 | 効果 | 手間・コスト |
|---|---|---|---|---|
| 管理委託方式 | 物件は個人が持ち、管理業務を会社に委託する | 管理料 | 小さい | 小さい |
| サブリース方式 | 会社が個人から一括で借り上げ、入居者に転貸する | 家賃と借上げ賃料の差額 | 中くらい | 中くらい |
| 建物所有方式 | 建物を会社に売却し、会社が家賃を受け取る | 家賃収入そのもの | 大きい | 大きい |
管理委託方式
物件は個人が所有したまま、入居者の募集、家賃の回収、清掃、修繕の手配などの管理業務を会社に任せ、個人が会社に管理料を支払う方式です。始めやすい反面、会社に移るのは管理料だけなので、効果は限られます。
管理料は、第三者の管理会社に同じ業務を頼んだ場合の水準が目安になります。会社が実際に業務を行っていないのに高い管理料を払うと、税務調査で経費として認められない可能性が高くなります。
サブリース方式
会社が個人から物件を一括で借り上げ、入居者に転貸する方式です。入居者からの家賃は会社が受け取り、会社は個人に借上げ賃料を支払います。その差額が会社の所得になります。
管理委託方式より多くの所得を移せますが、差額が大きすぎると問題になります。会社が空室のリスクを実際に負っているか、第三者のサブリース業者の条件と比べて妥当かが問われます。入居者との契約の切り替えなど、事務の手間も増えます。
建物所有方式
建物を個人から会社に売却し、会社が大家として家賃を受け取る方式です。家賃収入そのものが会社の所得になるため、3つの中で最も効果が大きい方式です。将来の家賃収入が個人の財産として積み上がらなくなるため、相続対策にもつながります。ただし、会社の株式をオーナー本人が持っていると、会社に貯まった利益が株式の価値として本人の相続財産に含まれます。相続対策としての効果は、株主を誰にするかで変わります(後述)。
その代わり、移す時点でコストがかかります。
- 個人側:建物の売却益に譲渡所得税。課税事業者であれば建物の売却に消費税
- 会社側:不動産取得税と登録免許税
- 借入:個人で借りている融資を会社に移すには、金融機関の同意が必要
- 土地:土地を個人に残す場合は、借地権の課税を避ける手続き(土地の無償返還に関する届出書など)が必要
売却価格は、税務上の時価として説明できる金額にする必要があります。帳簿価額で売れば譲渡益は出にくくなりますが、どの物件でも帳簿価額が適正な価格になるとは限りません。建物の状態や築年数、周辺の取引事例を確認して決めます。
時価より大幅に安く売った場合にも課税の問題が生じます。個人が会社に時価の2分の1未満の価額で売ると、時価で売ったものとみなして譲渡所得が計算されます。2分の1以上であっても、同族会社との取引として価額が不自然であれば、時価で計算し直される場合があります。会社側では、時価との差額が受贈益として法人税の対象になります。「安く移せば得」とは限らない点に注意が必要です。
やってはいけない5つの形
ここからは、実際のご相談でよく見る失敗の形です。
オーナー本人が役員として高い報酬を受け取る
会社を作り、オーナー本人が社長になって、会社に移した所得のほとんどを役員報酬として受け取る形です。これでは、会社に移したはずの所得の大部分が本人に戻り、個人の高い税率が再びかかります。給与所得控除が使える分の効果はありますが、会社の維持費や役員報酬にかかる社会保険料を差し引くと、法人化の効果は大きく薄れます。
所得を分ける先は、法人の税率で課税される会社に残す分と、実際に業務を担う配偶者や子など、本人より税率の低い家族への報酬です。本人の役員報酬は、生活に必要な額や将来の計画から決め、両者のバランスを試算して設定します。
オーナー本人が会社の株主になる
会社の株式をすべてオーナー本人が持つ形です。会社に利益が貯まるほど株式の価値が上がり、その株式は本人の相続財産になります。会社から配当を受け取れば、その配当も本人の所得として課税されます。
相続まで考えるなら、株主は子の世代にしておく方法があります。ただし、株主構成は金融機関も審査で確認します。議決権をどう持つかを含めて、融資への影響もあわせて検討してください。
実態のない家族に給与を払う
家族への役員報酬や給与は、実際に業務をしていて、その内容に見合った金額であることが前提です。名前だけ役員にして高い報酬を払うと、税務調査で否認されるおそれがあります。物件の巡回、入居者対応、帳簿付けなど、誰が何をしているかを説明できるようにしておきます。
管理料や転貸の差額を高く設定しすぎる
所得を多く移したいあまり、管理料や借上げ賃料の差額を高く設定する形です。会社の業務の実態に比べて高すぎる部分は、個人の経費として認められません。第三者に頼んだ場合の水準を確認し、契約書と業務の記録を残しておくことが大切です。
会社の口座を自分の財布として使う
法人化した後も、会社の預金を個人の生活費に使ってしまう形です。会社から引き出したお金は役員への貸付金になり、決算書に残ります。役員への貸付金は金融機関の評価を下げる代表的な項目で、次の物件の融資に影響します。
法人化のタイミングは「償却が終わってから」とは限らない
「建物の減価償却が終わってから会社に移した方がよい」という話を聞くことがあります。確かに償却が進んで帳簿価額が下がると、会社に移すときの価格を抑えやすくなります。
ただ、それだけで時期を決めると、償却が終わるまでの間、高い税率を払い続けることになります。オーナーが高齢であれば、移す前に相続が起きることもあります。建物の帳簿価額、売却時の税金、借入の状況、相続の見通しを並べて、いつ移すのが全体で最も負担が小さいかを比べて決めます。
実務での判断
私自身も、不動産と宿泊施設を法人で保有・運営しています。法人を選んだのは税率のためだけではなく、会社として決算書を積み重ね、次の融資につなげるためでした。
賃貸物件の法人化のご相談を受けるときは、方式を選ぶ前に、まず目的を確認します。税金を減らしたいのか、物件を増やしたいのか、家族に引き継ぎたいのか。目的によって、向いている方式も、株主や役員の決め方も変わるからです。
たとえば、物件を増やしていきたい方であれば、金融機関から見て分かりやすい株主構成と決算書にしておくことが、税金を少し減らすことより重要になる場面があります。反対に、これ以上物件を増やさず家族に引き継ぎたい方であれば、建物所有方式で将来の家賃収入を子の世代の会社に貯めていく形が合うことがあります。
まとめ
- 不動産の法人化の目的は、所得を会社と家族に分けること。オーナー本人に戻る形では効果が出ない
- 移し方は管理委託・サブリース・建物所有の3つ。効果が大きいほど、移すときのコストと手続きも大きい
- 株主、役員報酬、管理料、家族への給与は、融資と相続、そして業務の実態まで含めて決める
法人化の効果は、物件の数と収支、借入の条件、家族構成、相続の見通しによって大きく変わります。ご自身の物件で試算したい方は、個別にご相談ください。
よくある質問
Q. 不動産所得がいくらくらいになったら法人化を検討すべきですか。
一つの目安は、個人の課税所得が900万円を超え、所得税と住民税を合わせた税率が43%に上がる水準です。ただし、家族に給与を払えるか、借入を会社に移せるか、相続をどう考えるかで結論が変わるため、所得の金額だけで決めないことをおすすめします。
Q. 管理会社に払う管理料は、家賃の何%までなら認められますか。
一律の上限はありません。第三者の管理会社に同じ業務を頼んだ場合の料金と、会社が実際に行っている業務の内容から判断されます。入居者対応や清掃などの業務実態がないまま高い管理料を払うと、税務調査で否認されるおそれがあります。
Q. 建物を会社に移すとき、土地も一緒に移す必要がありますか。
必ずしも必要ありません。土地は個人のまま、建物だけを会社に売る方法がよく使われます。その場合は、会社が土地を借りることになるため、借地権の課税を避ける手続き(土地の無償返還に関する届出書の提出など)をあわせて検討します。
Q. 法人化すると融資に影響しますか。
影響します。個人で借りている融資を会社に移すには金融機関の同意が必要で、会社の株主構成や役員構成も審査で確認されます。建物所有方式を検討するときは、税金の試算と同時に、借入先の金融機関に早めに相談することが大切です。
本記事は公開日時点の法令・公表資料に基づく一般的な情報提供です。個別の税務判断は物件の権利関係・許可形態・他の所得との関係により異なりますので、具体的な適用にあたっては専門家にご相談ください。